(ここ
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映画にとって、物語の舞台となる「場所」は、単なる背景ではありません。時にそれは、登場人物の心情を映し出し、物語そのものを動かす、もう一人の主役となり得ます。
私たちの新作映画『最後の日はガムのように』にとって、その主役こそが「本郷」という街です。
入り組んだ路地、歴史を刻んだ坂道、学生街の喧騒と、ふと訪れる静寂。主人公・斎人が迷い込む時間の迷路を、この街の空気そのものが描き出してくれると、私たちは信じています。
今回は、監督の荒木が、作品のテーマと共鳴する本郷の様々な顔を探した「ロケハン日記」を、写真と共にお届けします。
【壱】 〇〇坂 : 繰り返される日々の象徴
[ここに、〇〇坂の雰囲気のある写真を挿入。光と影が印象的なものが望ましい]
この坂を、主人公の斎人は何度も登り、下ります。同じようでいて、ループを繰り返すうちに少しずつ彼の心境が変化していく、本作を象徴するような場所です。坂の勾配が、彼の心の負担や、そこから解放されたいと願う気持ちを表すかもしれません。
(監督メモ) この坂を初めて見つけた時、夕方の光の差し込み方が完璧で、「ここだ」と直感しました。電柱の影が長く伸びて、まるで時計の針のように見えたんです。止まってしまった斎人の時間を表現するのに、これ以上の場所はないと感じています。
【弐】 名もなき路地裏 : 閉塞感と、ふとした発見
[ここに、人ひとりがやっと通れるような、狭い路地裏の写真を挿入]
斎人の感じる「閉塞感」を表現するために、私たちは本郷の迷路のような路地裏を探し歩きました。この場所は、ループから抜け出せない彼の心の中そのものです。しかし、そんな袋小路のような場所でも、ふと見上げると美しい空が見えたり、小さな花が咲いていたりする。そんな発見が、物語の後半の希望に繋がっていきます。
(監督メモ) スマートフォンの地図を閉じて、あえて迷子になるように歩いている時に、この場所を見つけました。壁の質感や、室外機の錆びた感じが、ループを繰り返すことですり減っていく斎人の心とシンクロするような気がしています。
【参】 窓から光が射す、あのカフェ
[ここに、個人経営のカフェの窓際の席など、印象的な場所の写真を挿入]
物語の中で、斎人と佐穂が「最後の一日」を何度も過ごすカフェ。ここは、二人にとって幸せな時間の象徴であると同時に、彼が彼女を繋ぎとめている「檻」のような場所でもあります。窓から射し込む光は、温かい思い出のようでもあり、残酷に過ぎていく時間のようでもあります。
(監督メモ) この場所は、実際に私が学生時代によく通っていたカフェがモデルになっています。窓の外の景色や、コーヒーの香り、店内の喧騒。全てが、私の記憶の中にある「戻りたくても戻れない時間」のイメージと重なりました。
おわりに
今回ご紹介した場所以外にも、本郷の様々な場所が、この映画の中で重要な意味を持って登場します。
映画が完成した暁には、ぜひスクリーンの中で、斎人と一緒に本郷の街を歩き、ループする時間の中に迷い込んでみてください。そして、映画を観終わった後、実際にこの街を訪れていただけると、何か新しい発見があるかもしれません。
映画『最後の日はガムのように』、どうぞご期待ください。
(Films I2U 監督・荒木祥)